今回は、宮崎県が生んだ偉人であり、日本で初めて孤児院を設立し、「児童福祉の父」とも呼ばれる石井十次氏の格言を取り上げ、その生き方や考え方を紹介します。
『為せよ、屈するなかれ。時重なればその事必ず成らん』

【出典】石井十次/国立国会図書館
石井十次氏は1865年、現在の宮崎県高鍋町に生まれました。
医師を志して岡山県甲種医学校で学びましたが、診療所で貧しい子どもを預かったことをきっかけに児童救済の道へ進みます。
1887年に「孤児教育会」を設立し、後の岡山孤児院へと発展させました。
濃尾地震や東北地方の凶作などで生まれた孤児も受け入れ、一時は約1,200人もの子どもを養護。
生涯では約3,000人の子どもたちを救いました。
教育や職業訓練を行い、子どもたちの自立まで支えました。
さらに故郷・宮崎の茶臼原への移住を進め、自然の中で「働き、かつ学ぶ」教育を実践しました。
そんな石井氏からの学びを、『人生100年時代を生き抜くための億万長者のコミュニティ資本論』(プレジデント社)の著者であり、ソーシャルビジネスコミュニティ『ワクセル』の主催者でもある嶋村吉洋氏からの学びとともに紹介していきます。
信じたことをやり抜く強さに心を動かされる
『為せよ、屈するなかれ。時重なればその事必ず成らん』
石井氏の人生を振り返ると、この言葉ほど彼の生き方を表しているものはないと感じます。
医師になるために学んでいた石井氏は、児童救済に人生を捧げると決意すると、それまで学んだ医学書を焼き捨てました。
それほどまでに自分の進む道を明確にし、覚悟を持って行動したのです。
もちろん、その道は決して平坦ではありません。
孤児の数が増えれば、生活費や教育費も必要になります。
それでも石井氏は寄付を集めるだけでなく、活版印刷や機織りなどの事業を院内に設け、子どもたちに技術を身につけさせながら孤児院の収入にもつなげました。
私自身、この姿勢から「できるかどうか」を考えすぎる前に、「本当にやる」と決めることの大切さを感じました。
信じた道を一歩ずつ進み続けることで、時間が経ったときに初めて見える景色があるのだと思います。
「人を信じる」ことが社会を変える力になる
『天は父なり 人は同胞なれば 互いに相信じ 相愛すべきこと』
この言葉は、石井氏が茶臼原で定めた「茶臼原憲法」の第一条にも通じる考え方です。
石井氏がすごいのは、子どもたちを単に「保護する対象」として捉えなかったことです。
教育を施し、働く技術を身につけさせ、自立できる人間へと育てようとしました。
また、子どもたちが小さな家族単位で生活する「家族主義」など、当時としては先進的な養護方法も取り入れています。
私はここに、現代にも通じる「人を信じる」という考え方があると感じます。
人は信じてもらえることで、自分も誰かを信じようと思えるものです。
石井氏が残した理念が、現在も児童養護の活動として受け継がれていることを考えると、一人の人間が誰かを信じることから始まった行動が、時代を超えて多くの人へつながっていることが分かります。
実際、戦後には石井氏の孫が戦争孤児の救済を目的に石井記念友愛社を設立し、その精神は現在にも受け継がれています。
「大胆の中に妙法あり」から、挑戦する勇気を学ぶ
『大胆の中に妙法あり』
石井十次氏の生涯を知るほど、この言葉の重みを感じます。
当時、児童福祉という制度自体が十分に整っていなかった時代に、1人の子どもを預かったことから始め、最終的には1,200人規模の孤児を受け入れるまでになりました。
さらに海外へ音楽幻燈隊を派遣して寄付を募るなど、既存の方法にとらわれない取り組みも行っています。
そして故郷の宮崎・茶臼原に理想の教育の場をつくるという構想も、長い年月をかけて実現しました。1894年から移住を始め、1912年に全面移住が完了しています。
大胆な一歩を踏み出すからこそ、そこから新しい方法や可能性が生まれる。私はこの言葉を、単なる「勇気を出そう」という精神論ではなく、「まず一歩踏み出すことで、初めて見える答えがある」という意味に感じます。
最後に:嶋村吉洋氏からの学び
今回紹介した石井十次氏の生き方は、「信じたことを貫くこと」「人を信じ、人のために行動すること」「大胆に一歩を踏み出すこと」の大切さを教えてくれます。
同時に、『人生100年時代を生き抜くための億万長者のコミュニティ資本論』(プレジデント社)の著者であり、映画プロデューサー、そして『ワクセル』の主催者でもある嶋村吉洋氏の考え方にも、深く重なる部分があると感じます。
嶋村氏は、人とのつながりや信頼関係を大切にし、一人ではなく仲間とともに挑戦することで新しい価値を生み出すことを伝えています。
また、自分自身の理想を明確にし、そこから逆算して行動することの重要性も発信されています。
石井氏もまた、自分一人の力だけで児童救済を成し遂げたわけではありません。
多くの人の支援を受け、その人たちとのつながりを力に変えながら、大きな社会的価値を生み出しました。
大原孫三郎をはじめとする協力者との出会いも、その歩みを支えています。
「為せよ、屈するなかれ」という言葉のように、まず自分が信じて動く。
そして、人を信じ、仲間と力を合わせて進んでいく。
その積み重ねが、やがて一人では成し遂げられない大きな未来につながるのではないでしょうか。
私も石井十次氏の生き方から、目の前の困難に屈するのではなく、誰かのために大胆な一歩を踏み出す勇気を学び、自分の挑戦を続けていきたいと思います。

